エバの誕生日

今日は江畑幸子の20回目の誕生日。
節目に当たると言うことで、エバという選手をいつ知って。どういう経緯で応援するようになったか書いてみることにする。
江畑幸子という選手を初めて知ったのは、2007年6月24日に秋田県大館市で行われた「NHK杯東北高校バレーボール選手権」である。
この大会はNHKが主催し、東北6県の代表が集まって行う試合で、毎年東北のどこかで試合がある。昨年は岩手県。今年は宮城県だった。
地元での大会だったが、自分はプレミア最優先。ましてや高校生の試合に「おっさん」が行くのはまずかろうと言うことで、行く気はなかった。NHK教育で試合が生中継されたのを自宅で見ていたのである。
決勝戦のみ放送で、一方は東北の雄(全国屈指の強豪でもある)である宮城県代表、古川学園高校。そしてその相手が秋田聖霊短期大学付属高校だった。まさか、地元の高校が出てくるとは予想もしなかった。試合は最後まで観たわけではなく、最初と終わりのみ。ストレートで古川に敗北した。
このとき、NHKはやたらと江畑をプッシュするような(放送しているのがNHK秋田放送局なのだから当たり前)構成だったのを覚えている。しかし、この江畑幸子という選手は高校を出た後は普通の女の子になるだろうと考えていた。そしてエバのことは4ヶ月近く忘れたのである。
秋田国体開催時、会場で知り合った東レファンに「あなた、聖霊の江畑幸子という選手、知らないの?」と聞かれ、そのときエバのことを思い出したのでる。自分は「あの子はそんな凄い選手なんですか?」と聞き返したぐらいである。よもやこんな大田舎の選手が東レのファンに注目されているとは思いもよらなかった。ちなみに国体少年女子は、秋田が注目の長崎代表(九州文化学園:当時は宮田・築地・峯村などのスター揃い踏みだった)を破って3位となっている。(優勝は京都代表 準優勝は大分代表)
そしてプレミア開幕直後の地元新聞で、「本県高校生、プレミアリーグに入団」という記事が出た。とうとう、エバはプレミアの選手になったわけである。チームは未定とされていたが、今までの状況から日立佐和に入るのは間違いないと自分は思った。熊沢美穂・高橋智子・伊藤智美が佐和に入ったからである。
しかし、これが自分を迷わす原因になった。エバは地元の選手であり、また前評判も高い。しかし自分はそれ以前からJTファンを称してきた。つまり二重応援になる。そこで実際のプレーを見てから応援の是非を問うことにした。
7月4からの2008年のサマーリーグ予選。エバの活躍には目を見張った。決定率は50%に達し、佐和の主力に慣れる選手だと言うことを自分の目で確認したわけだ。このブログはサマー終了時に立ち上げている。
そして08-09プレミア開幕。当時、衆議院と参議院の与野党が逆転している「ねじれ現象」なる言葉が流行したが、自分の観戦スタイルはまさに大きくねじれていた。
エバは怪我のために序盤は欠場。佐和は昨年同様に大苦戦のリーグになる。一方、JTも序盤から苦戦し始める。しかし、このときはこの両者がチャレンジマッチでぶつかるとは全く思わなかった・・・
4月、ついにJTと佐和が生き残りをかけたチャレンジマッチで激突する。自分はそれまでのJT応援の歴史からエバを応援しなかった。これは応援ブログをやっている人間にとって許されざる行為である。しかし、JTに降格だけはしてほしくなかった。初日は第1セットから想像以上の激戦で、しかも応援しなかったエバの活躍でJTが苦戦するハメになったのである。試合はJTの勝利で終わり、佐和は降格。
自分がバレー観戦を始めたときに一番好きだったのは、大友(現・山本)愛だった。大友の出産の為の引退以降は、同じ宮城県出身の菅山かおるを応援し始め、そこからJTファンを自称するようになる。菅山かおるは2008年でJTを退団し、ビーチへ転向した。そこへ江畑幸子が登場してくる。秋田と仙台では比べるまでもないが、それでも同じ東北出身者であることに変わりは無い。
江畑幸子は自分にとっては
菅山かおるの正統な後継応援選手なのである。
皇后杯セミファイナルラウンド
今月14日に仙台市の東北福祉大で皇后杯のセミファイナルラウンドが実施されます。
エバの応援にいける方はよろしくお願いします!!
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